魚偏探偵

庵治 【香川県】

取材・文:森下真一

岩国昌二さん 証言者 岩国昌二さん昭和31年生まれの岩国さんは、庵治漁業協同組合の競り人。備讃瀬戸のとば口に位置する半島を取り巻くように大小の島々が点在する庵治は漁場に恵まれ古くから漁の栄えた港だそう。季節ごとの多様な魚介をさばいて20年。魚を見る目はプロ中のプロなわけですね。

高級ウキソにアブラ タモを手に待ち受ける満月の夜のモブク

「まてよ。こいつ。こいつなあ…うーん。なんて呼ぶんだったかなあ」目を細めて読み取る標準和名はヒメオコゼ。

「オコゼ? いや。ここらじゃオコゼとはいわんぞ」

うんうんうなる岩国さんに、ショウちゃん、どうしたと部屋の一方で談笑していたお仲間の声がかかる。この魚の名前が思い出せんのよ、と指さす写真をどれどれとのぞき込む。

ああ。これか。
おお。おるおる。
突いたら痛いな。
炊いたらうまいぞ。
わしは汁がええ。

来る日も来る日も海に出るプロの漁師たちである。もちろん全員がよく知っている。しかし、その名が出てこない。

皇子神社からは庵治の町並みを一望できる。四国本土最... 皇子神社からは庵治の町並みを一望できる。四国本土最北端の漁港は島山に囲まれて静かなたたずまいだった

底曳き網に入る売り物にならない雑魚。現実にそこにいて、語るべき特質をいっぱい持ってる小さい魚の名がまたひとつ忘却の彼方へ行っちゃった。

なおも写真を見つめ続ける岩国さんに、使い古しでよければその図鑑、差し上げますというと、いいのかと顔をほころばせてくれたのだったが、この先この魚、図鑑に記載された標準和名通りに呼ばれるようになるのだろうか。

ここは香川県庵治(あじ)。瀬戸内海に突き出した半島の先端に位置する港だ。聞き取りに協力してくれたのは漁師仲間からショウちゃんと呼ばれる岩国昌二さん。20年にわたって庵治漁協の競り人を務める人だ。平日の昼下がり、漁協事務所のストーブの周りでは、一仕事終えた漁師の皆さんがくつろいでいた。

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ヒメオコゼ以外の、小型の刺毒魚たちの名はすらすらと出てきた。ハオコゼをカナクリ、ゴンズイをギギ。瀬戸内ではたいていどこの漁村でも、この3種が「刺されると痛いヤツ」の代表であり、そういいながらけっこう喜んで食べちゃうのが面白い。厳密には、サイズが小さすぎるハオコゼはそのまま捨てられることが多いのだが、冒頭のヒメオコゼがおいしいという話は家島諸島・坊勢島や泉南谷川でも聞いたし、ゴンズイの味については、淡路島の漁師も太鼓判を押していた。

聞き取りは庵治漁協事務所をお借りして。昼下がり、ゆ... 聞き取りは庵治漁協事務所をお借りして。昼下がり、ゆったりくつろぐ漁師衆が飛び入り参加してくれた。下は組合事務所に隣接する競り場。今はガランとしているが床面いっぱいにトロ箱が並べられる朝の競りは活気に満ちる

庵治のゴンズイ=ギギのおすすめ料理法は煮付けだそう。脂ののった腹の周りが特にコクがある。赤いキモの味はたまらんで、という岩国さんだったがこの魚、庵治なら売れるが車でほんの30分の高松では売れないという。市街地のスーパーでばかり買い物をしていると、本当においしい魚には出会えずじまいになっちゃうのかもしれない。とかいって、われらの竿に掛かってくるゴンズイを持って帰って食ってみようとはちょっと思いませんけどね。

瀬戸内沿岸なら都市部でも漁村でも同じように評価が高いのがメバルにアイナメ。庵治ではメバルをウキソまたはオキソ、アイナメをアブラと呼び、どちらも春4月から5月にかけてが一番おいしい時期だという。近海にわくイカナゴを飽食して丸々と肥える。岩国さんが采配する競りで、ウキソはキロ2500円から3000円、アブラは同じく3000円から4000円の値が付く。ところが、同じメバルでも浅場の藻場につく全身が赤っぽいやつ=ガラメバルは半値以下、レンゲスゲと呼ぶアイナメの近縁のクジメは「ぷんと癖のあるニオイがするのを嫌うて」買い手が付かないのだそう。スゲとはアイナメの小型の呼び名でもある。

クロダイの呼び名は関西と同じくチヌ。手のひら級の小物はチンゴ。昔、寒の時期のチヌはキロ2000円の値が付いたこともあったがいまは安い。キビレと呼ぶキチヌはさらに値打ちがなく、売り物にならない。カサゴはアカンコまたはアカジャコ。これはメバルとは対照的に秋が旬。秋といえばかつて川筋にたくさんいたシロバゼ(マハゼ)は近年激減した。カワウに食われてしまい、めっきりいなくなってしまったという。

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