魚偏探偵

小島 【大阪府】

取材・文:森下真一

山原學さん 証言者 山原學さん昭和19年生まれの山原學さんは小島漁業協同組合組合長。祖父の代から三代目の漁師として最初は一本釣りで、後に刺し網、定置網漁にも手を広げ近海の魚をとってきた。昭和53年遊漁船業を開始。小島丸船長。

おせん殺すな馬殺せ ガンドは嫁に食わすな地魚にまつわる警句

えへん。うほん。
「いや、風邪とちゃうねん。夕べ食うたバリコの骨がのどに刺さったあるんよ。家族のモンが電池照らしたらあるあるて。割りバシ突っ込んだらえづいてねえ。医者行けいうねんけどまあ、そのうち取れよるやろ」

バリコとはアイゴの若魚である。大きくなるとアイ。ヒレの棘に強い毒を持ち、刺されるとひどく痛む剣呑なやつだが、身肉の味はいい。紀伊水道をはさんで両岸の和歌山県と徳島県の人たちのアイゴ好きはよく知られている。和歌山県では一夜干しが、徳島県では「皿ねぶり」とも表現される煮付けが特に好まれると聞いたことがあるが、ここ小島あたりは、この魚を普通にご飯のおかずにするエリアの北限といっていいかもしれない。泉南郡岬町は大阪府の最南端。友ヶ島水道を抜けて大阪湾内に入るとアイゴは少ない。

小島漁港大波止。潮通しがよく年間を通じて多彩な魚種... 小島漁港大波止。潮通しがよく年間を通じて多彩な魚種が狙える人気スポットだ

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おじいさんは漁師、お父さんも漁師。そのお父さんからこの先は釣り漁で食っていくのは難しい、学校をおえたら陸で働けといわれ、しかし釣りが好きだから反対を押し切って自分もやっぱり漁師になったという山原學さんは小島漁協の組合長。乗合船小島丸の船長というもうひとつの顔を持つ。ずっと小島の魚と付き合ってきた人には、たかがアイゴの骨ごとき、なんてことはないのかもしれない。

「そやけどオセンには気いつけよていうわなあ。わいらもねえ、あれはオセンゴロシやぞいうて親に教えられた」

ご存じスズメダイである。その昔、この魚の骨がのどに刺さっておせんさんという人が死んだのだという話は、これまでも紀伊半島沿岸のいろんな漁村で聞いた。おせんを殺したのでオセンゴロシ。これはどうやら当地方の海辺に住む一定以上の年齢の人にはすごく有名な逸話らしいのだが、そのおせんさんの生地を聞いてはっきりとした答えが返ってきたためしがない。こんなたずね歩きを重ねていけば、そのうちいつか、たどり着けるだろうか。

今回の聞き取りは小島漁港内の組合事務所で。大型乗合... 今回の聞き取りは小島漁港内の組合事務所で。大型乗合船小島丸の船長でもある山原さんは組合長を7期務めている。釣り客を見送ったあとは、谷川の組合と協同ですすめている間伐材を利用した魚礁造りほか漁場の整備事業に忙しい日々なのだそう

スズメダイは小さい魚だが骨が硬い。小さいくせに脂がよくのってたいへんおいしい。5月の子持ちのころはボテボテに肥えて、煮ても焼いても脂がしたたる。山原さんの少年時代、「おせん殺すな馬殺せ」というはやし文句があったそうだ。大声で唱えて遊んだ。なんで馬を殺すのか? さあなあ、なんでやろと笑う山原さんだった。

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そんな子ども時分、港の石垣についていたガンガラ(コシダカガンガラ=巻き貝)を割り、中の身をハリに掛けて釣って遊んだのがヌグト。キヌバリである。橙色の地肌に黄で縁取られた黒い帯。港内の浅場でゆったり泳ぐこいつはよく目立ち、格好のターゲットとなったものだがいまはその姿をほとんど見かけない。同じ横縞系のイトヒキハゼには体の割りに口が大きいことからオオカミジャコというやたら立派な名が付いていた。真っ黒なドロメは藻の上に乗っているのでモウオ。ハゼ科の代表種であるマハゼはカワハゼでクラカケトラギスをトラレと呼んだというのは「トラハゼ」の転訛だろうか。もちろんクラカケトラギスはトラギス科の魚であり、ハゼじゃないのだが。

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