神谷 【和歌山県】
取材・文:森下真一
証言者 福岡萬一郎さん今回はお父さんも神谷の漁師だった福岡さんのお宅にお邪魔した。昭和11年生まれの福岡さんは若いころはマグロ船にも乗っていたのだそう。その後はおもに由良沖でサバの一本釣りをされていた。
岬の北のタチオと 目玉の小さいサバと 海の子と仏様のチンコ!?
「タチオら、年中あらよ」
「あるある」
タチオとはタチウオ。和歌山県日高郡由良町。神谷(かみや)ではこの魚に「ウ」の字は付かない。
「タチオはねえ、稲刈る時分がええていうたもんやけどよ。あんまり旬いうのなしに、新しいのんはおいしいわな」
「ほんでもねえ、南へ下ったらあかな。脂がない」
今回の聞き取りに協力してくれたのは71歳の福岡萬一郎さんと69歳の山田勝太郎さん。いずれも神谷の漁師の家に生まれ、漁師を継いだお二人だ。 由良湾には年中タチウオがいる。いつ食べてもおいしい魚だが、それはここで釣れるものに限る。日ノ岬(ひのみさき)より南の海域ではそうはいかない、脂の乗りが違うという話になった。紀伊半島の西端から紀伊水道に突き出る日ノ岬は、和歌山の海の、いわば分水嶺になっている。
神谷漁港は由良湾の右岸とば口に位置する。蟻島や沖の一文字への渡船のベースとしてぼくらもなじみの港だ
「わいら、本潮(ほんじお)ていうんやけどねえ、黒潮の支流が反転してきたあるやろ、あいが日ノ岬に当たって跳ね返るんやなあ」
分岐流はそれ以上北に進入することはなく、おかげで岬の北と南とではくっきりと海の様子が変わる。北は大阪湾・瀬戸内海から流出する比較的低温の海水の影響の濃いエリア、南は温かい黒潮エリアだ。岬を回ればはっきりと水温が高い。水温が高い場所に住む魚は、それほど身に脂を蓄えなくても「活(い)かって」いられる。
タチオら身ィ薄いさけねえ、そら敏感なもんやよ、と肩をすくめていかにも寒そうな仕草をしてみせるお二人の様子は、なるほどそういうものかと納得するに足る説得力にあふれていたのだった。
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タチオ=タチウオの食味の話のついでに、おいしい魚とそうでない魚との簡単かつ確実な見分け方を教えてもらったのでご紹介しておこう。それは「目を見る」というものだった。一般にいわれるようにその輝き、澄み具合で鮮度を見るわけじゃない。問題は目の大きさだ。体格に比してできるだけ目玉の小さいものを選べば、その魚の味は間違いがないという。
たとえば単にサバと呼ぶマサバだ。お二人とも、サバ釣りを中心にして生計を立ててきた。蟻島(ありしま)沖から紀伊水道の真ん中にかけての漁場で夜ごとサバを釣った。それは一晩で何百という数になったが、その顔は「いっこいっこ、みな違う」という。そのなかで、目が小さくて、背のきめが細かい(模様が密な)魚を選って食べる。
「昔の漁師は売れる魚はみな売って、あが(自分が)食べるんはなんでもかまんていうたもんやけどねえ」
いまは一番おいしいのを家に持って帰ってると笑う。
聞き取りには漁師仲間である山田勝太郎さんにもご協力いただいた。山田さんは69歳、お二人は中学卒業後一緒にマグロ船に乗ったという幼なじみだそう。国道42号「里」の交差点から由良へ走る県道沿いは桜の花が盛りだった
ところであんた、サバを釣ったらどうしてる? と逆に聞かれた。それはもちろん、すぐに締めて、潮氷でしっかり冷やしますと自信満々で答えたら、お二人はにやりと顔を見合わせた。
ええ? これが最上じゃないんですか? そう。最上じゃない。サバは、釣ってすぐ氷に当てたものより、おおかた半日船の生け簀で泳がせておいてから締めたものの方がうまい。
その方が身に脂があるのだとは初めて聞く話だったが、「あがら、サバくて大きなったんやさかい」というお二人である。ここは素直に拝聴すべし。われらには釣ったサバを何時間も泳がせておくスペースがないのが問題ではありますけどね。
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さてさて。筋金入りの漁師もかつては少年だった。釣ったり突いたり素手で捕らえたりの海の遊びのなかで、自然に覚えた魚たちの名前に、今回も面白いものが多かった。いきなりでなんだがホトケノチンコなんて、いかにも思春期あたりの子どもが喜びそうなネーミングじゃありませんか。標準和名キヌバリである。ピンクとオレンジの中間のような地肌に、くっきりと黒い帯が美しいハゼ科の小魚である。
実は「ハゼ」とは、その姿形が玉茎(はせ)、男茎(おはせ)つまりおちんちんに似ていることに由来する命名なのだそうで、たしかにこの類にはそのものずばり系の呼び名が付けられている例が少なくない。「キヌバリいうんか、初めて知ったわ」がはははは、と笑うお二人にとって、この魚は70年間も仏様のナニだったのかと思えばおかしくて、こちらもつい大笑いしちゃったのだが、バチが当たったりしないでしょうね。




