魚偏探偵

三尾 【和歌山県】

取材・文:森下真一

松永政義さん 証言者 松永政義さん昭和23年生まれの松永さんは日ノ岬周辺の沖磯へ釣り客を渡す松永渡船二代目船長。お父さんはプロの漁師であり、物心ついたころから船に乗って一本釣りやエビ網、潜水漁などの手伝いをしていた。

カナダへ送るウツボ 毒棘を持つウグはウミウの大好物なのだ

和歌山県日高郡美浜町。紀伊半島最西端の日ノ御碕(ひのみさき)にほど近い三尾(みお)地区は別名を「アメリカ村」という。タワーレコードもなければビッグステップもない。大阪ミナミの繁華街とは対極の静かな漁村がそう呼ばれるわけは、かつてこの村からたくさんの人びとが北米へ移住したからだ。

明治21年、カナダの豊かな漁業資源の話を聞いた工野儀兵衛という人が、バンクーバーへ単身渡航したのが始まりだった。サケの大群が押し寄せる様子を手紙に書き、村民を呼び寄せた。新たな漁場を求めて海を渡る人が続き12年後の明治33年には「加奈陀三尾村人会」が発足、昭和初期には三尾出身の日系カナダ人が千人を越えたという。

調査日は7月7日。3号台風が北上中とあって日ノ御碕... 調査日は7月7日。3号台風が北上中とあって日ノ御碕(岬)に向かう県道の左手に広がる煙樹ヶ浜には高波が打ち寄せていた。当然渡船もストップ。じっくり三尾の魚の話をうかがうにはちょうどよかったわけだが…

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「屋根瓦の古い家はたいてい行ったあるな」三尾の家並みを指さしながらいう松永政義さんも、トロントに親戚が4軒ある。その親戚に毎年送る故郷の味がウツボなのだそうだ。例年11月から2月いっぱいが三尾のウツボの漁期。開きにして干す。カチカチに乾いたウツボを焼いて、砂糖醤油で食べる。一夜干しなら蒲焼き、生のウツボは天ぷらがおいしいが、遠いカナダへは届けられない。

三尾の人が珍重するのは標準和名ウツボのみであり、それ以外のウツボ類は食べない。口先に角のような鼻管が延びるトラウツボはコネウツボと呼び、カゴに入っても捨ててしまう。味が悪いのか? そうかもしれない。食べないので分からない。これは昔からそうと決まったものだったのだ。

魚の食味評価は土地ごとにがらりと違う。いわゆる高級魚はあくまでも高い値が付く魚であり、それはたしかに味のよい魚であることに間違いはないのだけれど、漁村で暮らす人びとにとってはなにより「売り物」である。自分たちが喜んで食べてちゃお話にならないわけで、市場価値の低い雑魚類に独特の食べ方や意外な思い入れがあったりするのが面白い。

シンボル日ノ御碕灯台は高さ14m。三尾の集落から西... シンボル日ノ御碕灯台は高さ14m。三尾の集落から西へ5分ほどの山頂に建っている。建設は明治28年だったが戦災により消失、昭和26年再建された。このとき大型灯台では初めてのタイル貼りが採用されたのだそう

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ウツボに続いてはエソだ。三尾で単にエソと呼ぶのはトカゲエソ。これはたった1尾でも大事に持ち帰る魚だという。小骨が多いので調理は面倒だが、あっさりとしてうまい。身が柔らかく生のままでは骨切りしにくいので、半ば凍らせて包丁を入れる。すり身にするのが普通だが、新鮮なら刺身がいい。歯触りがもっちりとしておいしい。

この場合比較的小骨の少ない下半身だけをおろすのだそうだ。普段は安い魚だが、安珍・清姫伝説の舞台として知られる道成寺の会式(えしき=春祭り)にはエソの南蛮焼きが付きもので、その時期にはよい値がつく。朝のサワラ漁を終えたあと、テンテン仕掛けを一日中上げ下ろしし、多いときは100キロも釣った。腕がパンパンになったものだという。

ウツボの場合と同じくエソもなんでもいいというわけじゃない。「潜ると岩場で昼寝しとるのをよう見る」アカエソはシエソと呼び、その「シ」がどういう意味なのか知らない・わからないといいつつ、いかにもつまらないもののように発音する。三尾ではきっとだれもがそういう呼び方をするのだろう。アカエソには気の毒だが、それがこの魚に対する素の評価なのだ。

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