アナゴがいない...4回連続ボーズも当然!?
2008年09月29日瀬戸内全域で大不漁。冬季の水温が高くて稚魚がスルー?
瀬戸内海にアナゴがいない…などという話が深刻に語られる日が来ようとは思ってもみなかった。これはいるのが当たり前の魚であり、ぼくらの釣りでは、釣れてくれなくていいのにハリに掛かる「長物」にすぎなかったのだから。強烈なヌメリで扱いがやっかいである。仕掛けをグルグル体に巻きつけてぐちゃぐちゃにしてしまう。高価なエサをダメにする。食べるとおいしいという美点を持つが、そもそもさばいて調理するのが難しいとくる。夜釣りの代表的な外道だったのだ。
淡路島・洲本で釣れたマアナゴ。非常になじみ深い魚だが、その生活史はよくわかっていない部分が多い。ウナギと同様、その産卵場所もまだ特定されていないが、日本産マアナゴは台湾の東海域で産卵、孵化した仔魚が黒潮に乗って運ばれてくるのだと考えられているのだそうだ
そんなアナゴが、いなくなった。大阪湾から広島、山口県まで、それは瀬戸内全域にわたる話だという。山口県の今年1~7月のマアナゴの水揚げ量は計19.6トン。前年比なんと80%以上の激減であり、これを専門にとる漁師は、夜通し操業してわずか10匹ほどしかとれない日もあるという。焼きアナゴを名産とする岡山県では漁獲が減ったことにより、その仕入れ値が高騰しているそうだ。備前市の伊里(いり)漁協によると、このところのそれはキロ当たり2500円から3000円にもなるという。毎週日曜日に開かれる真魚市(まないち)は同漁協の名物で、新鮮な魚貝や旬の味覚を求めて県外からの来客も多い。その目玉商品のひとつである焼きアナゴは1箱2kg入りで2500~3000円。つまり仕入れ値の半額である。「地元では焼きアナゴは祭りに欠かせんと求められるんですが、売れば売るほど赤字、だいたい仕入れもままならんのです」最盛期には日に500kgの扱いがあったアナゴが、平日はわずか10kg、真魚市前の土曜日にかき集めても60kgがやっとだと嘆く。
岡山県備前市穂浪の伊里漁協にて。毎週日曜日に開かれる真魚市には焼きアナゴを目当てにやってくる遠来のお客も少なくないそう。組合建物内に設けられた売り場では、鮮やかな包丁さばきで大量のアナゴを次から次に開くプロの技が見られたものだったが…
近年は東北地方に首位の座を譲っているが、かつてはマアナゴの漁獲量全国1位だった兵庫県。明石(あかし)の漁師は「まったくおらん」と首を振る。「漁に出るだけムダや。十分の一やな。油代にもなるもんか」って、そんな話を播磨(はりま)に住む釣友にすると「うそお、なんぼでも釣れるがな」と出かけていって見事に撃沈。いつもなら釣れて釣れて仕方のないあちこちの実績(?)ポイントへ4回も通ってただの1匹も釣れなかったと報告をくれた。これは本当に、いないらしいのだ。
なんでこんな状況になったのか、のみ込みやすい話を聞かせてくれたのが、大阪府水産技術センターの主任研究員、鍋島靖信さんだ。それはどうやら、瀬戸内海の海水温の上昇によるものと考えられるらしい。「本来仔稚魚が定着するべきポイントを通り過ぎてしまってるんじゃないかと思われるんです」日本のマアナゴは、台湾の東海域で産卵しているのだそうだ。孵化した仔魚はレプトケパルスという透明な柳の葉のような姿をしており、黒潮に乗って日本近海にやってくる。最初は海面近くを漂うが、成長につれて比重も大きくなりだんだん底へ沈む。やがて沿岸に着底し、親魚と同じ姿になって成長する。その最後のところ、黒潮から離れるきっかけになるのが、水温だと鍋島さんはいう。
大阪・泉南の漁師の間では昔から「冬がぬくいと翌年のアナゴは少ない」というのだそうだ。おかしなことをいうものだ、と興味を持ち、地元大阪府や紀伊水道(きいすいどう)の対岸にあたる徳島県をはじめ、瀬戸内各地の資料にあたってみたところ、漁獲量と水温にははっきりとした相関関係が見られたという。アナゴの漁獲は広範な海域で豊漁・不漁がほぼ一致している。「多い年はどこでも多いが、とれない年は全域でとれない。その理由はつまり、南方海域からやってくる稚魚の供給が多いか少ないかなんですね」なにがその要因になるのか、まず考えられるのが水温である。レプトケパスルが黒潮に乗って近海にやってくるのは冬季。どこでその本流を降り、沿岸に近づくのか、逆にいえば、どうやって自分たちの生活場所に近づいたことを知るのかは水温を手がかりにしているのではないかという。
「冬場の沿岸水は冷たいわけです。暖かい黒潮本流に乗ってて、冷たい水を感じたら、それが引き金になって陸へ向かうんですね」稚魚が好適と感じる水温は15~16度らしい。たとえば紀伊水道沖にさしかかったところで、海水温がまだそこまで下がっていなかったら「まだやと思ってもっと北まで行ってしまう」ことになる。冬季の水温の変動と漁獲の変動とを付き合わせてみると、水温のピークに1年ないし2年遅れて漁獲のピークが現れるという、はっきりとした傾向が見られる。稚魚が少なければ、翌年の水揚げも少ない。漁師のいうことは当たっていたのだ。
今季の泉南では「一晩で3匹」などという漁が現実にあるという。とうてい商売にはならない。そのわりに、この地域のアナゴの値段が例年の2割増し程度にとどまっているのは、韓国などから飛行機に乗ってやってくる「関空もの」のアナゴがあるからだそう。おかげでけっこう安定供給されちゃってるのだ。「今年の冬は普通なみの冷え方だったでしょ。漁師もノレソレ(レプトケパルス)の量もそこそこ多かったといってました」というわけで、来年の漁獲はちょっとは上向くのでは、と見る鍋島さんだが、一方で、近年はハモの水揚げが目立って増えてきているという。ハモはアナゴとは逆に、暖かい海を好む。海の温暖化の影響が、大阪湾から瀬戸内海の魚種交代という形で現れはじめているのかもしれない…って、それが現実なら、この先多少の盛り返しがあったとしても、瀬戸内のアナゴの先細りは止めようがないのか。この30年で、瀬戸内の水温は1度上昇した。アナゴがこの海の貴重種になるなんて、かつては考えられなかったのだが。




