釣りサンコラム

釣りほっこ 第23投

2010年02月09日 小松康宏(こまつやすひろ)

釣りほっこ

ダンゴの鬼も心臓が飛び出るほど驚きビビった落人間事件

私たちメンバーがよく釣行するポイントに「山くだり」という名前の場所がある。春の乗っ込み時期には、大型チヌが釣れるとあって、メンバーは足繁く通っている。そのポイントは車を止め、眼下に見える海岸線に向かって、数十mほどの道なき道を一気に降りることから、だれからともなく「山くだり」と呼ぶようになった。昔はロープが下の海岸線まで張られていて重宝したのだが、今は朽ち果ててしまって存在しない。ロープがなくなったことで、この道を躓(つまづ)いたり滑ったりを繰り返しながら、エサとか道具を下ろすために、最低でも2往復はしなくてはならない。

降りるのはまだ良いのだが、のぼりは急な坂を一気にあがらなくてはならないという過酷さゆえに、心臓の強さ、足腰の強じんさが求められることになる。ひ弱なメンバーは、この過酷な状況に「心臓が口まで出てきた」とか、「心臓が踊る」という。心臓見たさに口の奥を覗き込ませてもらっても、いまだかつて喉チンコは見えても、心臓が見えたことはない。さらに心臓がダンスを踊るのも、盆踊りする珍事も、目撃したことはない。

本人にすれば心臓が飛び出るぐらいに、踊るほどに苦しいという表現方法なのだろうが、あまりにも飛躍した過激な表現は、冗談すらわからない真っすぐな人間には、嘘ツキにしか見えないのである。現に「死ぬほど苦しかった」「腹が減って死にそうだ」「寒くて死にそうだ」…などといった釣友が死んだのを、一度たりとも見たことはない。

落人間事件より名前がかわった「山すべり」ポイント。...落人間事件より名前がかわった「山すべり」ポイント。あれ以来、降りるときは人より後ろ、のぼるときは人より前に行くように心がけている。落石ならぬ落人間でも、鋭いスパイク、重いバッカンなどをフル装備していれば、それは落石同様に怖もの。まして盗塁の名手ともなれば、そのスライディングには殺意的な怖さまで感じられたものだ。しかし、幾十年もの、互いに睦みし日ごろの恩を思えば、こんな事件も釣り人生の1ページにしか過ぎない。釣友の優しさ温かさの感謝の気持ちには到底及ばないと思っている

しかし先日、釣り仲間とこの「山くだり」に釣行した際、不覚にも私は「心臓が飛び出るかと思った…」「死んでしまうかと思った…」という、過大かつ過激な言葉を発して嘘ツキ呼ばわりされてしまった。だが、その発言は嘘などと違って、真実に切迫した気持ちだった。

その状況とは…重い荷物、バッカン一杯のエサを運搬中に、私を追うように後ろを歩いていた仲間が、足を滑らせ落石ならぬ「落人間」となって私に衝突してきたのだ。この落人間は「アレー」という奇声とともにこの道を2mほど滑ってきた。その声に振りかえると、ご丁寧に野球の盗塁の際のスライディングのようなポーズで、片足を上にあげて滑ってきた。そのうえ足には、いたれり尽くせりといったピンが一杯施されたスパイクシューズが履かれていた。

落石よりさらに重いこの落人間は、前を行く私を蹴り飛ばそうかという心意気がヒシヒシと察し取れた。「ヤバイ」と思ったときには、その上を向いた片足は、私のケツを一突きしていた。これには私も「心臓が飛び出る」ほど驚き、「目から火が出る」ほど痛かった。しかし状況は、そんな痛いとか、びっくりしたなどという軽い局面ではなかったのだ。私の置かれた状況は、蹴られて突んのめった右方向はまったくの空間地帯。道など存在しない崖っぷちだったのだ。とっさに木立ちにしがみ付き、大事には至らなかったが、とっても危なかった。

「アホ…心臓が飛び出るほどびっくりしたわ、死んでしまうかと思ったわ。蹴る方向を考えろ」とここで過大、過激発言とあいなったのだ。この釣友、私をひと蹴りでよろめかせた剛脚には、草野球数十年のキャリアがあって、盗塁がもっとも得意というわけがあった。さらに滑って来た際にも、身軽で軽量であれば良かったのだが、はち切れんばかりのエサ一杯のバッカンを、後生大事に抱きかかえていた。そんなこともあって、この日はスタートから動揺してしまい、終始突かれたケツの痛さがぬぐい切れず、ボーズを引いてしまった。ところがこの釣友は小用に行った際、海岸に流れ着いた高価なウキを拾い、終始ご満悦。ついつい「ウキを拾った人はイイよな…」とぼやきまでもが出てしまった。

そんなツキのない私だったが、「山くだり」釣行の最後に、大きな拾いものをすることに…。帰り支度を急いでいると、釣友は老兵を労わり、気遣い、帰りの荷物をすべて知らぬ間に、車まで運搬してくれていた。たしかにケツを一突きされ、突き落とされそうになり、なにも釣れないボーズに悔しい思があったが、釣果よりも素晴らしい友の優しさ、温かさにふれることができた。そしてこの一件以来、このポイントは名を変え、「山すべり」といわれるようになったとサ。

小松康宏(こまつやすひろ) 小松康宏(こまつやすひろ)チヌ釣りの超精鋭集団・瀬戸竿鬼会を率いるダンゴ釣りのオニ。地元香川県女木島で一日釣果101匹、愛媛県御荘湾で最大実寸62cmの記録を持つ

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